お茶飲みたい

くいしんぼう妊婦は出産した。新米母の日々の記録。

おばあちゃん

おばあちゃんが亡くなった。

覚悟はしていたから、涙涙というわけではない。今私の目の前には娘という新しい命がある。順番だ。でもやっぱり、小さく硬くなってしまったおばあちゃんを見たら涙が出た。

帰省した時、ろくに顔も見せなかった。入院した時、娘がインフルエンザをもらうといけないからといってお見舞いにもいかなかった。危篤の知らせをもらって帰ってきたけれど、間に合わなかった。お正月の集まりに会ったのが最後になった。

それを後悔しているかと言われると、わからない。ただ、娘と一緒に3人で写真を撮っておけばよかったなあと思う。

母は働いていたから、小さい頃はおばあちゃんと一緒にいることが多かった。美容院に連れて行ってもらったり、中高生になると百貨店に一緒に行ったり。ツモリチサトのバッグ、身の丈に合わないアツロウタヤマの服。

すぐ近くに住んでいるのに、いつからか自分からは会いに行かなくなった。いつからだろう。どうして会いに行かなくなったんだろう。

まぁそんなことはどうでもよくて、おばあちゃんの不在。そう多くない親戚が集まって、「あれ、おばあちゃんは?」って思って、「ああ、もういないんだ」って思った。白い布を被って部屋の真ん中に寝ている。そこにいるけどいないのだ。

悲しいのか、悲しくないのかよくわからない。それくらい離れすぎてしまっていた。薄情な孫。でも、たしかに大好きだったよ。

結婚式来てくれてありがとね。ひ孫にも会えてよかったね。最期に会いに行けなくてごめんね。お母さんを産んでくれたから私が産まれて、娘が産まれた。本当にありがとう。またね。