お茶飲みたい

くいしんぼう妊婦は出産した。新米母の日々の記録。

正体は何なのか

このもやもやの。

夫から、ちょっと飲んできてよいかとの打診。あぁ、まだそういうことするんだなという感想。もやもやしながらも、私はダメとは言えない。

夫への不満あるあるみたいなエピソードだけれど、一体何が不満なのか考えてみる。

 

(私はできないのに)思い立ってフラッと飲みに行けることへの羨ましさ、嫉妬

ないことはない。でも、自分ができないことを他人にもするなというのは違うよなぁ。その代わり私にもフラッと出かける時間をくれ、とは思う…のだけど、私が出かけるには授乳を完了し、帰りも授乳の時間を気にしなければならないので、フラッと出かけるというのは実質不可能である。ただミルク育児ならこの限りではないので、自己責任とも言える。

 

育児に対する当事者意識の欠如

これはあるかも。自分が飲んで多少帰りが遅くなっても子供に影響はないと考えているところ。まぁ実際そうなんだけど、情けないよね。

乳児期の育児って日々の作業(授乳、おむつ、お風呂、寝かしつけetc)がほとんどで、平日はその9割以上を私がやっている。と言っても最近は慣れてきてさほど大変ではないんだけど、これは娘が比較的育てやすい子だからだ。もしよく泣く子だったり、全然寝ない子だったりしたら、育児ノイローゼ待ったなし。

つまり、夫が残業したり飲みに行ったりできるのは娘がいい子であるおかげ!

 

結局何なの

色々愚痴ったところで、基本的に夫は優しいし、仕事頑張ってくれているし、感謝している。だから少しくらい飲みに行くのくらい快く送り出してあげたい!のだけど、やっぱり娘が産まれる前と同じように飲みに行こうとされるともやもやしてしまう。

これはあれか。Twitterでよく見る、「母親は子供が産まれたら生活をガラリと変える(変えざるを得ない)が、父親は変えない」というやつか。これって結局「私はこうなのに何であなたはこうじゃないの?!」ってことだよな。不毛だな。でも子供が産まれた時点で子供のことが最優先事項で、夫だってもちろんそう思っているんだろうけど、平日は関わる時間が短すぎて忘れてしまうのかな。

 

ここまで書いて気付いた

あぁそうだ。働いている夫と働いていない私では住む世界が違うんだ。働いていない自分を卑下しているのではなく。夫には家庭と仕事場があるけど、私には家庭しかない。というか家庭=仕事場。夫にとって家庭は家庭であって仕事場ではない、当たり前だけど。でも私にとっての家庭は、子供が産まれたことでより一層仕事場になった(家事+育児)。でも育児は二人の仕事だから、夫の飲み会をサボりみたいに感じるんだな。いくら娘が可愛くても、手のかからないいい子でも。

関係ないけど「手のかからないいい子」って、自分がそうだった(と思っている)から、その自分が少しひねくれて育っている(と思う)から、ちょっと危険な響き。

 

ここまで取り留めもなく書いてみて、もやもやの正体がぼんやりながらも見えてきたかな。ただこのもやもやを伝えていけるかどうかはまた別の話。円満にいきたいけど、飲んで帰ってきた夫を笑顔で迎えることはまだできない。そこまで無理する必要もないか。道のりは長い。

 

無駄に見出しとか使ってみてるけど、めちゃくちゃ。センテンス分けるの苦手。そもそも人に向けて書いてないから読みやすいも何もないんだけれど。