お茶飲みたい

くいしんぼう妊婦は出産した。新米母の日々の記録。

愛されている

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愛について考えたり、愛について書かれたものを読んだりすると必ず夫の顔が浮かぶ。それから夫が今までに表現してくれた愛について思い出して、それから妊婦メンタルのせいかもしれないけど、いかに自分が愛されているか、夫が自分を愛してくれているかを改めて感じて涙が出る。

私には何もないのに、ただ無条件に愛してくれて恥ずかしげもなくそれを表現してくれる。出会ってから10年近く経つけれど、太ってもおばあちゃんになっても可愛いよって言ってくれる。誰の前でも私のこと褒めてくれる。不思議なほど、不可解なほどに私の存在を肯定してくれて、だから私は今日まで生きてこれたのだと思う。

私は今でこそぐうたら人間だけど、小さい頃からしっかりしていて、勉強もよくできる子供だった。でも母は愛情表現が苦手な人で、それについて褒められた記憶はほとんどない。テストで100点を取っても順位や内申点が良くてもそれは当たり前だった。むしろ悪い順位(と言っても真ん中らへんとかだけれど)を取るのがあり得ないことで、そうなったときに失望されるんじゃないか、怒られるんじゃないかと思うとそれはもう怖かった。

だから(それだけが原因じゃないかもしれないけど)、できる以上に頑張った経験がない。高校も大学も、結構頑張らないと入れない第一志望には落ちて、でも市内とか県内では優秀だねって言われる第二志望の学校に入った。だからその中では上位でいられた。

コミュ力が必要な就活では初めて挫折を感じたけれど続けていたら大卒にしては底辺の職だけどなんとか内定を貰えて、結婚するまでそこで働いた。専門や短大の子とやることも給料も変わらない職場だから、その中では多少頭の良い私は重宝された。

こんな情けない人生、子供には誇れることがないけれど。でも今日まで生きてきたこの人生をいま自分の人生として満足できているのは間違いなく、私という人間を無条件に肯定してくれた夫のおかげだ。

ただ可愛いと言ってくれて、何もできないのにねと返すと居てくれるだけでいいと言ってくれる。生きていていいんだ、生きていて良かったと思わせてくれる。

だから私も、夫のように自然に上手には出来ないかもしれないけど、生まれてくる子のことは全力で肯定してあげたい。(もちろん躾とかの問題は別として)存在としてあなたがいるだけで私達は幸せなんだよって、思うだけじゃなくてちゃんと伝えたい。

そしてそんな夫の愛の上に胡座をかかないように、夫への愛にもちゃんと応えられる自分でいよう。これはきっと私にとっては簡単なことじゃないだろうけど、できるだけ真っすぐでいられるように。

 

昨日の記事との温度差やばいなぁ。共通点は支離滅裂なとこだけ。下らないのも寒いのも全部私だ。