お茶飲みたい

くいしんぼう妊婦の日々の記録。基本的に支離滅裂

いつだって食べたいが原動力

今日の干し芋ディスカバリーは、平干し芋を炙ったものにクリームチーズを添えるととんでもなく美味しいということです。そこに黒胡椒を少々するとまた良いというのはTwitterでみつけた食べ方。干し芋が一気にお洒落だ。

さて、私は料理が好きだけど得意というほどでもないし、人に振る舞うには自信がない。それは多分、作ることの根源が「誰かに食べてもらいたい」じゃなくて「(自分が)食べたい」だからだと思う。もちろん作ったものを誰かに食べてもらって、美味しいって言ってもらえるのはこの上ない幸せなんだけど、それよりも自分が食べて美味しいものを作りたい。そして食べたい。

ここ最近は一人でもお昼も自分が食べたい一品物をそれなりに作って、でも食べたいものだし美味しくできたら幸せを感じていた。それに比べて夕飯はというと、時間と残った材料を考えながらのご飯+味噌汁+おかず1,2品。これはルーティン。残った材料を頭の中で組み合わせていく作業は楽しくはあるが、「これを食べたい!」と思って作るのとは違う。作るテンション、食べるテンション、出来上がりの味すらも変わってくる気がする。

そんなことを今これを書きながら気付いて、主人にちょっと申し訳ない気持ちになっている。でも仕方ないことだよなとも思う。土井先生の「一汁一菜でよいという提案」にはこういう罪悪感からの解放も含まれているのだろうな、きっと。いやまだ読んでいないのですが…すごく読みたいと思っております。

一人で優雅にお昼を作って食べるなんてきっと出産後しばらくは叶わないのだし、今楽しんでおこう!という気に今なった。単純だし自分の都合のいいようにしか考えられないんだ私は。

美味しいものを食べられるのは何よりの幸せ。これが食べたいから作ろう、と思ってする買い物は明確で楽しい。その楽しさは、食べたいものそのものを買うのとはまた違った趣がある。旅行に行くのはその先々の美味しいものが食べたいからだし、私が毎日生きていられるのはひとりで若しくは大切な誰かと美味しいものを食べられる未来があるからだ。

いつからかどうしてかわからないけど、いつだって食べたいが私の原動力です。

明日はカルボナーラが食べたいなぁ。