お茶飲みたい

くいしんぼう妊婦は出産した。新米母の日々の記録。

離乳食を始めて1ヶ月

おばあちゃんが死んでも私の娘は今ここで生きている。私の乳を飲んで生きている。だから寝ないとかむり、寝ないと乳が出なくなるから。ごめんねおばあちゃん。一緒にいてくれる子供と孫がたくさんいてよかったね。だからこの子にも弟か妹ができたらいいなと思うけれど、それはまた別の話。

離乳食を始めて1ヶ月と少し、だいぶ食べられるようになってきた!苦手だと思っていたお粥もスイスイ。緑の野菜が好きで、トマトとかヨーグルトとかすっぱいのが苦手。アレルギーに注意しつつ、タンパク質もどんどん取り入れていかないとね。

最初は小さじ1も食べきれなかったのに、今や大さじ2をペロリといくこともある。子供の成長は本当に早い。だから別に急ぐことは何もない。んだけど、6ヶ月ちょうどから始めていたらすぐにパクパク食べていたのか、そこから1ヶ月かかっていたのかは素朴な疑問。

離乳食について色々調べて、当たり前だけどそれぞれの時代や国に色々なやり方があって、無数のやり方で育てられたかつての子が大人になって生きている。人種の違いとかはありつつも、そんなに教科書通りきっちりとやらなきゃいけないものではないということが分かって一安心。

指針としてはWHOの補完食の考え方を採用しているけど、食べ方の練習という意味では、日本のこまやかなやり方にも理由があるのだなと思う。マニュアルに縛られてしまうしっかり者のお母さん(と書いて、あぁ離乳食に悩むのは母という思い込みが自分にもしっかりと刷り込まれていると嘆く)とお父さん!を追い込んでしまうこともあるんだろうけれど。

(ただ10倍粥はどこから出てきたのか謎。それこそ3ヶ月とか4ヶ月で離乳食の練習としてあげていた、とかなのかなぁ。6ヶ月から始めて10倍粥では私が調べた限りではどう考えても薄すぎ。これは早い段階から薄い粥をあげるべきと言う意味ではない。)

基本は補完食でやっているのでいわゆる二回食は6ヶ月すぐから始めた。夕方の方が食べることが多いし、理に適っていると思う。

あとベビービョルンのソフトスタイは神。なぜか始めてしばらくは布のスタイを着けたりガーゼのハンカチを巻いてみたりしていたが、準備も後片付けも段違いに楽になった。もはや口の周りを拭くのもガーゼではなくティッシュで、洗濯物が出るのは午前中に運悪く服に色の濃い食べ物が付いてしまった時だけだ(午後はそのあとすぐお風呂だから)。

そんな感じの離乳食(とつい言ってしまう)初期。さて、まとまらないけど記録したから寝よう。

おばあちゃん

おばあちゃんが亡くなった。

覚悟はしていたから、涙涙というわけではない。今私の目の前には娘という新しい命がある。順番だ。でもやっぱり、小さく硬くなってしまったおばあちゃんを見たら涙が出た。

帰省した時、ろくに顔も見せなかった。入院した時、娘がインフルエンザをもらうといけないからといってお見舞いにもいかなかった。危篤の知らせをもらって帰ってきたけれど、間に合わなかった。お正月の集まりに会ったのが最後になった。

それを後悔しているかと言われると、わからない。ただ、娘と一緒に3人で写真を撮っておけばよかったなあと思う。

母は働いていたから、小さい頃はおばあちゃんと一緒にいることが多かった。美容院に連れて行ってもらったり、中高生になると百貨店に一緒に行ったり。ツモリチサトのバッグ、身の丈に合わないアツロウタヤマの服。

すぐ近くに住んでいるのに、いつからか自分からは会いに行かなくなった。いつからだろう。どうして会いに行かなくなったんだろう。

まぁそんなことはどうでもよくて、おばあちゃんの不在。そう多くない親戚が集まって、「あれ、おばあちゃんは?」って思って、「ああ、もういないんだ」って思った。白い布を被って部屋の真ん中に寝ている。そこにいるけどいないのだ。

悲しいのか、悲しくないのかよくわからない。それくらい離れすぎてしまっていた。薄情な孫。でも、たしかに大好きだったよ。

結婚式来てくれてありがとね。ひ孫にも会えてよかったね。最期に会いに行けなくてごめんね。お母さんを産んでくれたから私が産まれて、娘が産まれた。本当にありがとう。またね。

離乳食

先週から離乳食を始めた。特に何の日でもなかったけど、勢いで。しかし全くと言っていいほど食べない食べない!食欲の権化みたいな私の子だから食べるもんだと思ってたよ…そう上手くはいかないらしい。

白湯、麦茶、お粥、にんじんを試したけど、何あげても変な顔する。小さじ1も食べなくて、口に入った分も取り込まれてるのか謎。食べてるところすっごい見るし、よだれも増えたから始めてみたけどまだ早かったのかなぁ。いつか食べるようになるのか?謎。

本当は補完食の考え方で進めたくて、その練習として早めに始めたんだけど、あまりにも食べないから6ヶ月まで中断しようかなとも思う。でもとりあえず冷凍したお粥キューブなくなるまではやってみるか。

 

悪阻の記憶

1年と少し前、妊娠初期だった頃、台湾に行った。

 

 

どこに行ったとは書いていないけれど台湾だったのです。夫にも一緒に行った友人にも、妊娠のことは誰にも内緒にして自分勝手に行った台湾。

無事に産まれてくれたし、これを逃したらいつ行けるかわからなかったから、行けて良かったと思うのだけど、何せ悪阻が始まり出した時期だった。特に終盤気持ち悪くて、友人には本当に申し訳ないことをしたなぁ…そして楽しいはずの思い出も、悪阻と共に刻まれてしまった。

美味しいお店を調べて数種類買ってきたパイナップルケーキも、高級な台湾茶も、帰国後には全く食べられなかった。悪阻が終わってからも吐き気を思い出して食べられなくなってしまった。悲しい。

そして時は流れ、先日夫の上司から台湾のお土産を頂いたのだけど。未だに見るだけで悪阻を思い出してしまうのだ!まさか1年以上経った今でもそのトラウマが残っているとは。

絶対食べたら美味しいやつだから食べてみたんだけど、吐き気が邪魔をして味が入ってこない。バターの香りのするサクサクの記事と程よい酸味の餡が美味しい(はずの)オークラプレステージ台北のパイナップルケーキを美味しく感じられないなんて、なんと勿体無い…。

しかし同じ台湾フードでも、タピオカミルクティーや小籠包を今でも美味しくいただけるのは、まだ現地で美味しくいただけたからからなのかなあ。

人間の脳はすごいし、全てはそれに操られているんだよなと改めて思わされた出来事。いつか克服してまた台湾に行きたいな。

文章を上手くまとめようと思うと下書きが溜まりに溜まってしまうから、あまり考えすぎずにとにかく投稿していくことにしたい。自分で読み返すためのブログだから下書きでも残っていればいいっちゃいいんだけど、とりあえず。

最近の寝かしつけ事情

娘はもともとよく寝る子だと思うので、「こうしたらこうなった」と言うわけではなく「こんな感じだよ」という記録です。時間は大体で、もちろん前後することはあります。

 

18:00 お風呂。19:00ごろまでは夫待ちするときも。

↕︎この間に大人が食事

21:00 暗くして授乳、うとうとしたところで着地。ここで泣いてもしばらく見守ってると大体寝る。これで寝てくれれば0時くらいまで寝ないときはトントンしてみたり。

00:00 寝てるけど起こすわけでもなく、抱っこして授乳。目閉じてるけど吸う…昼間でも授乳中に寝ちゃって飲めなかった新生児時代を思うと、授乳もお互い上手くなったなあと思う。

03:00 起きたり起きなかったり。起きても私が眠くてトントンしたり手握ったりで寝かせてしまうことが多い…

06:00 大体起きるので授乳。眠いので二度寝。娘も強制的に二度寝

09:00 起床。

 

大体こんな感じ。

10月11月ごろは23時就寝になってしまっていたけれど、最近は21時台、遅くても22時には寝ることが多くなった。もう少し早いのが理想だろうけど、20時台はちょっと難しいかな。

0時台の授乳は無くても起きないかなと思うけど、夜間授乳を無くすと母乳が減る感じがするのでしている。3時に起きられるより自分が寝る前に授乳する方が楽なのでこのスタイルに。

お昼寝は年末まで30分×2回くらいはしてくれていたんだけど、帰省中は1回になってしまっていた。戻るといいな〜というか朝が遅いので、8時には起きてその分お昼寝を長くした方がいいんだろうな。離乳食を始めることを考えても。

 

と、ここまで書いて下書きに入れていたけれど、帰省後は乱れに乱れ23時就寝に戻ってしまった。当然起床も後ろ倒しになり…このままだと午前中に離乳食をあげられなくなってしまうから、早めに修正しなくては。

実家は日当たりが良いので自然に目覚めていたけれど、自宅は日当たりが悪くて朝薄暗いのが大きな要因だと思う。しかし日当たりはどうしようもないから、這って電気だけでも付ければまだ目が覚めるかな、などと考えている。それにしたって親娘揃ってよく寝る…今のところ睡眠不足にはなりようがないので、贅沢な悩みなのかもしれない。

あけましておめでとう

2017年が終わり2018年が来たようです。

 

1月、実家に帰ってきたらつわりがなくなった。

2月、安定期。初めて友達に報告。

3月、戌の日安産祈願。

4月、東京京都と観光三昧。性別判明。

5月、GW何してたっけ…

6月、だいぶ早い里帰り。

7月、臨月。食欲との戦い。

8月、出産・娘入院・退院と怒涛の一月。

9月、たくさんの友人が訪ねてくれて幸せを感じた。

10月、里帰り終了。自宅の勝手を忘れていて焦る。

11月、夫激務と風邪のため半分実家で過ごす。

12月、やっとご飯が作れるようになった…頃に帰省。

 

半分くらいは実家で過ごしたんじゃないかって感じの2017年だったな。半分以上は妊娠していて辛かったはずなんだけどあんまり覚えてなくて、産んでからの方が断然濃かったな。

産後は友達にもあんまり会えなくなるって思っていたけど、産んでみたらたくさんの人たちが会いに来てくれて、家族とのつながりも濃くなった。娘はみんなとの架け橋だな。

いよいよ家族3人で過ごしていく新年。どんどん大きくなっていく娘を見逃さないようにしよう。私の人生、娘の人生、楽しんでいこう。

よろしく2018!

疲れてきたのか

あっという間に生後4ヶ月目に入っていた。地域の健診で問題なし、首すわりも確認できて一安心。大きくなったなあ、と思う。出来ることも増えて、とても可愛い。可愛いのだけれども。夜もよく寝てくれる良い子なんだけれども。

夫が帰ってくるまでの時間、ふたりきりでいるとどうにも私の精神がおかしくなってくる。日中はまだ機嫌が良いからいいけれど、夕方が辛い。夕飯の支度中にぐずるぐずる…でも手が離せないし泣かせておいてしまう。先月くらいまでは少しくらい泣かせていても平気だったんだけど、最近それが辛くなってきた。立派にでかくなった泣き声が精神を抉ってくる。「うるさーい!」と叫びたくなって、そんな自分が嫌になる。笑えなくなる。疲れて帰ってきた夫に、凝ったご飯は作れなくても、せめて笑顔でお疲れさまと言いたいのに。

最近ワンオペ風呂も辛くて、夫の帰りを待ってしまう。早めに入れておいた方がその後がスムーズなのは明らかなのだけど。何せ寒い。脱衣所に待たせておくのも気が気じゃない。今まだ動けないからいいけど、動き始めたらどうするんだろう?

何でも直前にならないとできなくて怠けがちだけど、夕方の自分のために夕飯は日中から支度しておかなくてはいけないかな。離乳食が始まったらどうなるのか想像もつかないな。三回食とか、自分の朝食もままならないのにな。しっかりやってあげなきゃ。でも私がダメになったら終わりだから、やっぱり適度に手も抜かなきゃ。

何もしてないのにしんどいなぁー。育児楽しいって思ってたけど、4ヶ月目にして疲れてきたのかな。そろそろ支援センターとか行くべきかな。年末年始の帰省が待ち遠しい。帰省が億劫にならない良い義実家で良かった…

子供はどんどん大きくなってしまうんだから、今可愛がらないと勿体ないのに。今日は料理頑張りすぎた。もっと手を抜こう。毎日楽しく生きていきたい。